INSEM工法による国内最大級の砂防堰堤 ~大谷川第3号堰堤工事~

2024年1月19日

工事場所は超危険地帯!

この工事は、柚子で有名な高知県北川村で行われました。高知と言えば、多くの人が「坂本龍馬」や「カツオのたたき」を思い浮かべるかもしれませんが、「台風銀座」としても知られていますね。日本の平均的な年間降水量は1,700mmくらいですが、北川村は3,700mmくらい。台風時期には連続降雨量が800mmを超えることもしばしばあり、もの凄い雨が降る所です。
 平成23年7月には当時の統計上最大級の勢力をった台風6号(935hPa)が北川村に牙をむきました。この時の連続降雨量は1,013mmで、村内3箇所で「深層崩壊」と「大規模土石流」が発生しました。深層崩壊とは斜面崩壊の中でもすべり面が表層崩壊より深部で発生し、表層だけでなく深層の地盤までもが大規模に崩壊する現象です。工事箇所となった「平鍋地区」の崩壊規模は、山腹斜面の幅が90m、水平長が200m、比高が160mであり、鉛直方向の最大崩壊深は20mに達し、基岩から崩壊したものでした。土石流は渓流下端にある平鍋ダムに流入し、この勢いで湖面に津波のような段波(推定高さ5m)を発生させ、ダム堤体や湖面を渡る吊り橋に損傷を与えました。また、渓流と交差する国道を流失させ、生活道路が約3か月の期間不通となるなど地域に甚大な被害をもたらしました。
 さらに、平成26年の台風11号では渓流上流域の左岸側でも崩落が発生し、渓流内に約14万m3の不安定土砂(落ち残り)が発生しました。これを受け、国土交通省四国地方整備局では平鍋地区の生活保全を目的に、大谷川砂防堰堤群(砂防堰堤3基)を新設することになりました。



 

工事概要

工 事 名 :平成27-30年度 大谷川第3号堰堤工事
工事場所:高知県安芸郡 北川村平鍋地先
工  期:平成27年09月08日~令和元年10月31日
本工事は、大谷川砂防堰堤群3基のうち「大谷川第3号堰堤」工事と、急傾斜地沿いに「平鍋工事用道路」約1.4㎞を新設する工事である。
◎大谷川第3号堰堤
○本堰堤:水通し高 H=29.0m・全体高 H=36.2m・堤体長L=91.0m 
       INSEM材(セメント+発生土)V=18,420m3
       ・コンクリートV=5,617m3
○副堰堤・垂直壁・側壁・水叩工・間詰工

       :コンクリート約V=6,210m3 他
◎平鍋工事用道路(外周道路)
○道路延長:L=1,443m・道路構造

工事中も過酷さは増すばかり!

 工事は渓流内における水との戦いでした。また、施工箇所の上流域に残る不安定土砂が土石流化する懸念があったため、施工中の安全確保も課題となりました。そこで、水対策については、大口径のパイプを地盤中に埋め込み、渓流の流れを下流に流すバイパス作戦を採用しました。これにより施工中は渓流の影響を最小化し、施工性と安全性が向上しました。土石流対策は、上流域に各種センサー類を設置し、作業場所には警報装置を設置、変位はクラウド監視を実施し、安全に作業できる体制を構築しました。
 どれだけ安全対策を講じても、台風時期にはいつも通りに雨が降ります。堰堤の基礎掘削も残り1mで完了となり、いよいよ堰堤の打設が見えてきた最中の平成30年6月20日。前日からの雨の影響もあり、掘削箇所右岸上流の斜面が崩壊しました。その日は降雨により作業を中止していたため人的被災はありませんでしたが、やっとのことで掘り進めた堰堤構築部が土砂で満杯になりました。そのため崩れた斜面の安定化を図る対策工を講じながら流れ込んだ土砂も撤去しつつ、令和2年4月に最初の基礎地盤検査(砂防堰堤を載せても大丈夫な地盤であることを確認する検査)を受け、引き続き砂防堰堤の構築となりました。

早い完成を期待される・・プレッシャー!

 砂防堰堤ができると、住民の安全や国道などインフラの保全に大きな効果をもたらします。そのため、一刻でも早く完成させてほしいと、事業効果の早期発現を住民や発注者から望まれました。そんな要望に応えるのが岩田地崎建設です。
 プレッシャーを感じながらも、ここで一度冷静になり工事の課題を整理して、高速施工に対応できる構造や仮設備計画、施工機械を検討しました。
 
堰堤構造見直しでは、当初設計でコンクリートだった部位をソイルセメントに変更し、木型枠部には残存式の軽量鋼矢板を採用しました。これにより、型枠設置撤去やコンクリート養生の省略による工程短縮と、連続施工が可能(コンクリートだと次リフトの打設開始に日数制限がある)となり施工効率がアップしました。一方で、狭い箇所(軽量鋼矢板と先行打設面に挟まれる三角地帯)の転圧方法が課題となりました。従来の転圧機では型枠に機械がぶつかり奥まで転圧できません。そこで奥まで転圧可能な転圧機械「フラットプレートコンパクタ FPC」を本工事専用に開発し品質を確保しました。水路部には残存式のプレキャスト型枠を適用し生産性向上を図りました。
 
仮設備の変更が全体工程の短縮と安全性向上、環境負荷低減に最も寄与しました。当初、堰堤資機材の運搬設備は堰堤左右岸を結ぶ索道と、堰堤下流に盛土で造成する工事用道路を設置する計画でした。これには地形の改変を伴い、設置に時間を要することや、他の工種がエリアの制限を受け作業を進められないこと、天候の影響を受けるなどの課題がありました。そこで堰堤左岸側に大規模な作業構台を設け、これに無動力で堤内に材料を搬入できる鋼製シュートを接続する方法を採用し課題をクリアしました。

かなり大きめの砂防堰堤!

大谷川第3号堰堤は水通し高さが29.0m、全体高さは36.2m、堤体積は約2万m3の日本最大級のソイルセメント砂防堰堤です。

環境に配慮した技術!

 工事箇所の周囲に広がる柚子畑には、特に配慮が必要でした。本工事では「INSEM工法」が採用され、砂防堰堤の内部材となるソイルセメントは掘削で発生した土砂にセメントと水を混ぜることで強度をもつ材料に変身させます。ダム工事の「CSG工法」に似た工法です。残土を再利用するというのは、とても合理的で環境にやさしい工法ですが、セメントを混ぜる時には粉塵が発生してしまい、柚子にとっては好ましくありません。そこで従来のバックホウによる攪拌混合は行わず、密閉攪拌方式のプラントを採用し、柚子にも優しい施工を心掛けました。
 

やっと...!

 度重なる自然の猛威に振り回されながらも、それらに屈することなく工夫を積み重ねること約5年半、令和3年3月に待望の「大谷川第3号堰堤」が完成しました。
 

当社が手掛ける防災インフラ

 顕著化している気候変動は、私たちの生活を脅かします。2016年8月には北海道で3連続の台風上陸(統計開始以来初めて)がありました。また、九州北部をはじめ全国的に線状降水帯が発生し、その降雨は強大化し、長期化する傾向があり、生活基盤に甚大な被害が起きています。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第5次評価報告書では、「気候システムの温暖化については疑う余地がなく、21世紀末までに、世界の平均気温がさらに0.3~4.8℃上昇する」とされています。今後は高知で起きた深層崩壊や洪水などの多発と激甚化が予測され、自然災害への備えとして「防災インフラ」の整備がますます重要になります。当社は今までも防災インフラとして多くの砂防堰堤や多目的ダム、河川堤防強化、遊水地等の工事を手掛けてきました。これからも、防災インフラの建設をとおして社会に貢献します。


  基礎掘削状況
 

  基礎掘削状況


  H30.6の斜面崩壊

  構台+鋼製シュート

  構台+鋼製シュート

  ソイルセメント製造プラント

  堰堤下流PC枠設置

  堰堤上流軽量鋼矢板設置

  ソイルセメント打設

 

  ソイルセメント打設 FPC転圧